第10話 一握りの希望
「ごめん、取り乱しちゃったわね。 報酬は後日でいいかしら?」
ルピナさんを誠意を込めて埋葬した後ネイさんは気丈に振舞い依頼を完結させようとしてる。けど、それでいいの?
「ネイさん、悪いけどその報酬は、まだ受け取れません」
私の返答に彼女は戸惑いを込めた笑いで返した。
「えっ..どうして? もう村の件については結論出ちゃったしもう家族も知人も、みんなアンデッドと化しちゃったのよ? これ以上..どうもできないわよ」
ネイさんの失ったものはあまりに大きい、けどこのまま悲しみのままで終わらせたくはない。 まだ可能性はある。
「ネイさん、村の方を人に戻す可能性が残されてるとしたら、それを望みますか?」
さっきのさっきで彼女の傷に触れる質問なのは百も承知だった、それでも私の知り得る可能性で残った人が帰ってくるのなら..。
「そ、それはもちろん、可能性があるのなら..けどアンデッドは聖なる力に弱いのよ? もうできることなんてどこにもあるわけ..」
「一つだけ可能性があります。 ただ、それを選ぶのはネイさん自身です。 可能性に賭けますか..やめておきますか?」
エイミーが『そんな言い方』と言うもあえて私は続けた。
「実は私も7年前に失ったものがあるんです。 ネイさんみたいに悲しいとか辛いではないけれど、失くしてからしばらくの間はずっと喪失感に苛まれていました。 それでも今は前を向けるようになった。 HEART・PROTECTIONのみんなが前を向かせてくれた。
世界中を笑顔にするなんて大それたことをできるとは思ってはいません。 だけど‥せめて私は私の手に届く人の笑顔を守りたい。ですからネイさん、まだこの依頼、私の中では完遂してませんよ」
思いの丈を伝えたてから少しの沈黙も間もなくエイミーとモニカも私に続いた。
「ノエルのことだから言うと思ったわ、あたしも同じ意見よ。 このままネイさんや村の人達がなにも救われないバッドエンドなんてあたしはごめんだわっ」
「最後はみんなが笑顔でいること、それがなによりなんだよ。 ネイ姉ちゃんノエル姉を信じてよ、HEART・PROTECTIONをから悲しみながら帰るお客さんなんてモニは出したくないんだ」
それぞれの思いすべてを聞き終えたネイさんは深呼吸とも嗚咽とも取れぬ長さの呼吸の後『少しだけ考えさせて』と言い残し自室に籠ってしまった。
「ノエル、あなたのことだからなにか考えがあって言ったんだろうけど、確実性はあるの? 助けを求める人へ手を差し伸べた以上、それを離すことは許されないし、あたしが許さない。 例え親友のあなたでもね」
「もちろんっ、この件は間違いなく陣の書き換えが絡んでるはず、その証拠に騎士はネイさんが村にいた時以外はアンデッドと化した村人に手を出していない、なぜ彼女がいた時だけ? 状況を知ってるなら例の騎士自ら最寄りの街の役場やギルド、便利屋に通達するはず、この事件いろいろと不自然な点が多すぎるよっ」
私がひとしきり思案することを語り終えるとモニカがガルムの首元を撫でながら村に着いたばかりの出来事を話してくれた
「ミー姉、ノエル姉の予想は多分当たってるよ、オオカミちゃんの寂しそうな遠吠え、ルピナ姉ちゃんを埋めてからは鳴かなくなったから村の人はアンデッドになって尚今も生きてはいるんだと思う」
私とモニカの意見を聞いたエイミーは『よいしょっ』といいながらイスから腰を下ろした。
「なるほど‥それだけの情報があれば動くには充分ね。 けどネイさんの答えがない以上動きようもないわよね‥」
その場の誰もが煮え切らない表情を浮かべていたが、すぐにその問題は解消された。
奥の部屋からネイさんが戻ってきた。 その顔からは迷いは見えず、なにかを決意した眼をしていた。
「ノエルさん、選ぶのは〝私〟と言っていたわよね? 母さんや父さん..みんなを救いたい」
「私もです、助けましょうっ。 みなさんのこと」
その後はこれからのことを説明した上で村の陣まで案内をしてもらい、書き換えのや損傷の有無を確認させてもらうも、状態は余りにひどく3人して『うわぁ』と声を上げてしまった。
「この陣の絵って屍‥よね? 誰がどう見ても書き換えられてるじゃないの‥ノエル、通信できる?」
「ルーシーだね? 最速で伝えるよ」
エイミーが言わんとしてることは理解できた、ルーシーは陣についての知識も長けている。 時間はまだ正午過ぎだ
から余裕で間に合う。
数秒の霊波音と共にモソモソとなにかを頬張ってるのか間の抜けた声で喋る姐さんの声が聞こえてきた。
「あ、ノエウひゃん? どういあお?」
「ルーシーさぁ、モニカじゃないんだから飲み込んでから喋ろうよ。 ってそれどころじゃなくて、今からパティスまで転移できそう? 火急の用なの」
「..わかった。 すぐに向かうわね」
私の意図を察してくれたのか、ルーシーは通信を終えた5分後には到着するなり陣を凝視し始めた。
「この文字にこの画、人をアンデッドに変質させる術式になってるわね。 故意じゃなきゃこんなことにはならないわ」
「ルー姉、直せそう? ネイ姉ちゃんの泣いてる時モニまで悲しかった。もうそんなこともう終わりにしたい」
「モニちゃん優しいのね。 大丈夫、この文字癖があるけどこれくらいの術式ならすぐやれるわ」
ルーシーはそう宣言するとすぐにとりかかり、2時間後にはアンデッドから人に戻る形式に修復を終えた。
「こんな感じかしら。 思ったより時間がかかっちゃったわね、後は月夜にここへ誘い込めば..」
どうやら村の住人を元に戻すには月夜で陣に周囲25mの範囲に対象がいることが条件らしい。
今夕方の時点で快晴の確率は10割、日付が変わるタイミングで決行することが決まった。
一旦ネイさん宅に戻った私達は深夜になるまで待機することにした。 この村ってどんな地域だったんだろ、事件前はきっと綺麗な景色だったに違いない。
「ネイさん、パティスってどんな村だったんですか? 事件前のこと、ネイさんのこともっと知りたいですっ」
「ありふれたものよ? それでもいいなら..ここは観光地でもなければ都会でもない生粋の田舎って感じの村ね、それでも季節ごとの作物が取れて四季の景色が顔を覗かせて、離れがたい地だったわ」
ネイさんの言葉にエイミーも興味を惹かれシエストへ移住したことを尋ねた。
「それなら、なんで大切な故郷を離れたの? 大切な生まれ故郷なわけだったんでしょ?」
「数年前、古代の風習に詳しい方からこの世界の生贄の歴史を聞いてね、『なにかしなきゃ』って思ったのよ」
後に知ったことだけど、生贄の共通点は当時の私くらいの年齢の女性だったみたい。
ネイさんは悲しい風習が再び起こることのない様考古学を学びたくなったんだとか。間接的な意味では私のために憂いてくれてるみたいで嬉しかった。
「ネイさん、村の方、絶対救いましょうっ。 そしたら私、この村の元の景色必ず見に行きます、ね? みんなっ」
(ネイさんは顔も名前も知らない人のためにここまでしてくれてる、私達はもっとそれに応えなきゃ)